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「ブスの本懐」を読んで思うこと。その3(ブスと老い) [本]

この本の毒舌ぶりは、綾小路きみまろを思い出す。

綾小路きみまろは男性だから、見ようによっては年配の女性を貶してるように見えたりして、綾小路きみまろをヒドイと思ってしまったりするけど、ブスの本懐の著者は女性で、しかも自称ブスなもんだから、著者に対するその類の怒りは起こり得ない。
だから、余計な感情を持たず、とっても読みやすい。


美貌にしろ何にしろ、人間持っていたものが徐々になくなるというのは恐怖がつきまとうが、ブスは最初から持っていないのでその恐怖がない、という。

その件でいうと、私は今、毎日が恐ろしい。
去年なかったシワが額に1本増え、それが消えることはもう二度とない。
そしてシワの増加は死ぬまで続く。

鏡に映ってない時の自分の顔を想像すると怖い(鏡に映る時の自分は、無意識に、一番まともに見える顔をしている)。
先日お店の中で夫と話してる時、壁に鏡があって、そこに談笑している自分の顔が思いがけず映った。
二重アゴで、更に笑顔で盛り上がった頰の肉のせいで目が細く歪み、それはヒドイものだった。
鏡の中で、夫とブスが楽しそうに話しているのを見て、嫉妬っていうか、許せないと思った。
夫に、そんな女と仲良くしないで、って言いたかった。
でも紛れもなく、そのブスは自分なのだった。

あとは、昔の知り合いに会うのが怖い。
確実に「老けたな」とお互い思い合うであろう。
自分の老けた顔も見られたくないけど、人の老けた姿を見るのも怖い。

ところが、まあこの本の中でいう「ドブス様」については、私も周りで思い当たる人が数名いるけど、何ていうか昔と変わってないと思う。
見てないけど、そんな気がする。
逆に前よりマシになっている可能性すら浮上する。

皆、美だの老いだの何かに翻弄されて生きているけど、ドブス様は何かに振り回されることなんてあるのだろうか?

いつもの菓子パンが最寄りのコンビニに置いてないから隣町まで買いに行くとか、食べ物に振り回される可能性はあるけど、本の中にもあったように、デブはブスの筆頭株主でありながらデブ=ブスとは限らない。
となると、食べ物に執着していないブスだっている。

ブスが何に執着しているかについては、もはや想像にも限界が生じるけど、ただ頭に浮かぶのは、いずれにしろ機嫌がすごく悪そうな怖いドブス様である。

一切何にも翻弄されず、且つ楽しく機嫌良く過ごしているドブス様がいるのなら、それは神の化身と思う。
でも「楽しい」「機嫌良い」の時点で周りから愛されるような人だろうから、さすが神の化身だけあって、そういう人は幸せに生きていく気がする。

いくら美人でも、常に機嫌が悪い女は怖い。
怖いっていうかムカつくというか、お前何様だよと思う。

そうなると、結局ブスかどうかよりも、それ以上に内面が人間を決定づける。

「人は内面」というとまるで綺麗事のように感じるけど、結局なぜか内面にたどり着く。
こんなにも、見た目がブスという前提で分析を進めているのに。

カレー沢薫さんが述べているとおり、ブスについて考えれば考えるほど、ますますブスを見失う。
分からなくなってくる。

もっと分からなくなりたい。

もう、何も分からなくなりたいから、まだまだ分析は続ける。




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タグ:ブスの本懐
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